パン屋・岡田さんの話

「近くのパン屋」と検索したら、いちばん上の答えに、うちの店はなかった

長く続けてきたお店ほど、「うちの良さが、うまく伝わっていない気がする」と話す方が少なくありません。MEDIA ORCHESTRA がよく出会うそんな場面をもとにした、商店街で三十年パンを焼いてきた岡田さん(仮名)のストーリーです。

娘が見せてくれた、スマホの画面

朝四時。商店街のいちばん端にある小さなパン屋で、岡田さんはいつものように生地をこねていました。三十年、ほとんど休まず続けてきた仕事です。

その日の昼過ぎ、店を手伝いに来ていた娘さんが、レジの横でスマホを差し出しました。

「お父さん、ちょっとこれ見て」

画面には、Google で「〇〇駅 パン屋 おすすめ」と検索した結果が出ていました。いちばん上に、AI がまとめた答えが大きく表示されています。「〇〇駅周辺で人気のパン屋は、次のようなお店です」。その下に、三つのお店の名前と、それぞれの特徴が短く書かれていました。

駅前の新しいお店。隣町のチェーン店。去年オープンしたカフェ。岡田さんの店の名前は、どこにもありませんでした。

「うちは、三十年やってるんだけどな」

岡田さんは笑ってみせましたが、その夜はなかなか寝つけませんでした。

みんな、今も検索している

岡田さんは、「AI」という言葉を聞くと、自分には関係のない遠い話だと思っていました。若い人がスマホに話しかけて、何かを調べるものなのだろうと。

でも、娘さんの説明は違いました。

「みんな今までどおり、Google で普通に検索してるんだよ。ただ、検索すると、いちばん上に AI の答えが先に出てくるの。忙しい人は、そこだけ見てお店を決めちゃう」

つまり、お客さんが変わったのではありません。お客さんはいつもと同じように検索しています。変わったのは、その結果の見え方でした。

「じゃあ、なんでうちは出てこないんだ」

娘さんは少し考えてから言いました。

「たぶん、うちのことがネットにほとんど書かれてないからだと思う。お店の名前と住所くらいしかないもん。AI は、どこかに言葉で書いてあることをもとに答えをまとめるから」

岡田さんは黙って、焼き上がったばかりの食パンを見つめました。毎朝四時に起きていることも、三十年同じ粉を使い続けていることも、たしかに、どこにも書いたことはありませんでした。

閉店後に届いた、一枚の手紙

それから数日後のことです。閉店の準備をしていると、年配の女性がひとり、店に入ってきました。二十年以上通ってくれている常連の方です。

「今日は、パンじゃなくて、これを渡しに来たの」

差し出されたのは、封筒に入った短い手紙でした。

そこには、こう書かれていました。夫が入院していたころ、病院の帰りに毎日この店に寄っていたこと。何も言わずに、いつも焼きたての小さなロールパンをひとつ、袋に入れてくれていたこと。夫が亡くなった日も、店の明かりがついていて、それだけで少し救われたこと。

「ずっとお礼を言いそびれていたから。この店があってよかった」

岡田さんは、その手紙を持ったまま、しばらく何も言えませんでした。ロールパンのことは、自分でもすっかり忘れていたのです。

その夜、岡田さんは娘さんに言いました。

「うちの店のこと、ちゃんと書いてみようか。自慢したいわけじゃない。でも、こういう店がここにあるってことを、必要な人に知ってもらいたい」

書いてみて、わかったこと

娘さんと一緒に、店のことを少しずつ言葉にしていきました。

最初は何を書けばいいのかわかりませんでした。「おいしいパンを焼いています」では、どのお店でも同じです。そこで娘さんは、岡田さんに質問を重ねました。

「なんで朝四時なの?」「なんでこの粉なの?」「どんなお客さんが多いの?」

答えていくうちに、岡田さんの店にしかないことが見えてきました。

  • 小さな子どもが食べやすいように、食パンの耳を少しやわらかく焼いていること
  • 朝七時の開店に、通勤前の人が間に合うようにしていること
  • 常連さんの顔と好きなパンを、ほとんど覚えていること

どれも、岡田さんにとっては「当たり前」のことでした。けれど、それを知らない人にとっては、店を選ぶ理由になることばかりでした。

書いた言葉は、お店の紹介ページや、地図アプリのお店の情報にも少しずつ載せていきました。常連さんが書いてくれた感想も、ありがたく紹介させてもらいました。

「朝七時に焼きたてがあるって、書いてあったから」

季節がひとつ変わったころ、ベビーカーを押した若いお母さんが店に来ました。

「引っ越してきたばかりで、近くのパン屋を探していたんです。検索したら、朝七時から焼きたてがあって、子ども向けにやわらかい食パンがあるって出てきて」

岡田さんは、思わず娘さんと顔を見合わせました。

もちろん、検索のたびに必ず名前が出るわけではありません。お客さんが急に何倍にも増えたわけでもありません。それでも、岡田さんが三十年続けてきたことが、ようやく言葉になって、知らない誰かに届き始めたのです。

店の奥には、あの常連の女性からもらった手紙が、今も大事に置いてあります。

岡田さんは、何かを大きく変えたわけではありません。三十年続けてきたことを、ただ言葉にしただけでした。私たちがこの話を好きなのは、たぶん、そこなのだと思います。

当たり前にしてきたことほど、言葉にすると、届く人がいます。

MEDIA ORCHESTRA は、お店や仕事の強みを記事にして、検索や AI の答えで紹介されやすくしています。

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